高畑勲監督はどう生き、何を遺したのか。「火垂るの墓」「かぐや姫の物語」「おもひでぽろぽろ」など

ジブリの高畑勲監督が2018年4月5日(木)、東京都内の病院で亡くなったことがわかりました。82歳でした。

アニメ映画の権威「アヌシー国際アニメーション映画祭」長編グランプリを獲得した3人の日本人監督のうちの1人で、とても魅力的な映像作品を作られる人でした。

高畑勲監督の来歴

高畑さんは1935年生まれ。

東京大学を経て東映動画に入社して演出助手を担当。

1968年に公開された「太陽の王子 ホルスの大冒険」が、名義は「演出」ながら初監督作品として知られています。

アニメ「ルパン三世」の路線変更の成功のほか、東映動画から移籍したズイヨー映像では1974年放送の「アルプスの少女ハイジ」、1976年放送の「母をたずねて三千里」、1979年放送の「赤毛のアン」は特に高畑演出がよく語られる作品です。

個人的には「じゃりン子チエ」が好きです。

1985年にはご存知「スタジオジブリ」が設立され、宮崎駿さんとともに牽引していくことになります。

ジブリでのプロデュース作品
  • 天空の城ラピュタ
ジブリでの監督作品
  • 柳川堀割物語
  • 火垂るの墓
  • おもひでぽろぽろ
  • 平成狸合戦ぽんぽこ
  • ホーホケキョ となりの山田くん
  • かぐや姫の物語

また、まだ新進気鋭の作曲家にすぎなかった久石譲さんの起用なども有名。

宮崎駿監督との関係

宮崎駿さんは東映動画(現・東映アニメーション)時代の後輩にあたります。

また、「太陽の王子 ホルスの大冒険」から「おもひでぽろぽろ」に至るまで、永年に渡ってともに作品を作ってきました。

高畑さんが宮崎さんに与えた思想的影響・映像の演出面での影響ははかりしれません。

鈴木敏夫さんによると、宮崎さんが一番自分の作品を見せたい相手は高畑さんで、宮崎さんが見る夢にはいつも高畑さんしか出てこないと話したことがあるといいます。

高畑勲監督作品の特徴

緻密な構成力、アニメーションでありながら、リアルで自然な説得力のある世界観がよく話題に上ります。

「ホーホケキョとなりの山田くん」の「製作は順調に遅れています」という異色の予告編はあまりに有名。

また音楽に関しては特に造詣が深く、映画の曲を自ら担当することもあります。

ロシアのアニメ作家ユーリ・ノルシュテインと交流があり、ノルシュテインの代表作『話の話』の研究書も刊行しています。

最後に

アニメ業界のみならず、各界の著名人やクリエイター、もちろん僕のようないち消費者にまで大きな影響を与え、大切な思想・価値観・作品を遺していかれました。

 

全然関係ないけど僕と同じ三重県生まれなんですよ。

 

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